武士道の「美意識」を学ぶ。

同田貫(その4)

 

 

前回に引き続き

 

「同田貫屋敷跡」見学ツアーに参加し、

いよいよ現地に向います。

 

 

と・・・その前に

 

 

今回のイベントには

 

いつもお世話になっております

菊池市の

中原英先生も参加されて

おりまして

 

 

ここで少し、

 

中原先生のご紹介をいたします。

 

 

 

 

中原先生は、

 

かつて菊池にあった巨大湖

「茂賀の浦(もがのうら)」の研究を

されており、

 

30年前に

熊本大学の科学派遣生として

 

菊池地方の地質調査をする機会を得て、

花房台地一帯の地質を調べたところ・・・

 

なんと

 

菊池地方は

花房大地(標高60〜80m)の上まで

水中に浸かっていた時代があり、

 

9万年前から4万年前まで

サロマ湖に匹敵する湖が

 

菊池から山鹿にかけて

存在したとのことでした。

 

資料:中原英 久留米地名研究会 古代湖「茂賀の浦」から狗奴国へ。より

 

4万年前に菊池から山鹿にかけて

地殻変動によって盆地面が陥没し、

台地上の水は引いたのですが、

 

4万年前から縄文時代の終わりまでは、

菊鹿盆地(菊池から山鹿までの平野)は、

湖水の中にあったそうです。

 

 

 

 

そして

 

水が引き始めた所にいち早く

稲作の技術と

鉄器の技術を持った人々が住み始め、

 

肥沃な土地と生産技術と相まって

協力な古代国家を築きます。

 

これらの人々は、海神族といわれ、

後からやってきた

八幡勢力に征服されてきた形跡が、

鞠智地方で展開され、

 

菊池市の菊池盆地周辺の

阿蘇溶結凝灰岩の岩壁には、

どこにも横穴古墳が存在するとのこと。

 

その中でよく知られているのは、

 

瀬戸口横穴古墳群、

亘横穴古墳群、

木柑子横穴古墳群、

出田横穴古墳群等であり、

 

 

山鹿市には、

古代湖「茂賀の浦」に面して、

 

岩原横穴古墳群を始め、

長岩、志々岐、岩野、蒲生池などに

横穴古墳群が多数見られます。

 

 

また、全国の装飾横穴古墳の6割が

熊本県にあり、

 

その8割が「茂賀の浦」周辺及び

菊池川周辺にあるということを

教えていただきました。

 

 

 

 

驚きました・・・

 

今、私達が歩いている

この場所にサロマ湖に匹敵する湖があった

 

しかも地震などの地殻変動によって

その巨大湖もなくなった。

 

その地盤が、今回の熊本地震とも

大きく関係があると

中原先生は教えてくれました。

 

 

「茂賀の浦」の存在を知って

今回のツアーを見学すると

また、見え方が違ってきます。

 

水が引き始めた所にいち早く

稲作の技術と

鉄器の技術を持った人々が住む

というところに

 

今回の同田貫刀鍛冶が育つ

環境があったことと

つながりました。

 

 

 

 

さて、

 

「茂賀の浦」のことを

学んだ後は、

同田貫屋敷跡ツアーへ進みます。

 

 

 

 

 

前回、ご紹介したように

 

鞠智城と貯水池から

歩いていける距離に

「同田貫の屋敷跡」があります。

 

私達は、歩きながら

そのルートを散策いたしました。

 

 

 

 

今回、とても親切に

教えていただきました

 

温故創生館の西住 欣一郎館長。

 

 

このように現地で学びながら

見学できるのは大変ありがたいことです。

 

 

私達は

暑い日差しの中を

ゆっくりと歩きまがら

屋敷跡を探索しました。

 

 

すると

 

 

館長が

 

ある場所へ移動しました。

 

 

 

 

ゆっくり歩いて

 

立ち止まり

 

 

あれが・・・

 

 

 

 

 

 

 

「同田貫の屋敷跡」です

 

 

と指を指した

 

 

その場所が

 

 

 

こちらです。

 

 

 

 

 

ここが

「同田貫の屋敷跡」・・・

 

向こうに見えるの木の一角に

彼らは住んでいました。

 

 

 

今は

何もない農地となった場所

 

でも、

 

ここが「同田貫」の発祥地です。

 

地元の方の話しでは

 

この場所から陶磁器なども発見され、

菊池市稗方の現地踏査の結果、

この場所の斜面には、赤褐色を呈する

焼土の塊が複数個所に存在しました。

 

 

ちなみに

「同田貫」は美しさよりも、

剛健で、折れず、曲がらない

実用本位に作られたところが特徴で

 

菊池氏が山城国より招いた

刀工一派である延寿の分派として

起こりました。

 

清国・正国兄弟をはじめとする

玉名の刀工として有名ですが

実は

この場所が「同田貫」の発祥地。

 

その地名を地元では

「ずだぬき」や

「ずだぬく」と呼びました。

 

 

 

 

 

その「同田貫」の地名については

いくつか由来があり、

 

胴まで斬ったということから

名付けられた説や

延寿鍛冶の別称説、

 

また、

菊池市稗方の

 

同田貫屋敷の北西方向に

直線距離で約250mの地点には

「四反田(しただ)」の地名が残り、

 

この「四反」の「田」を貫く

南西上部には「ずだぬく」の地名で

呼ばれる箇所がある場所が

「同田貫屋敷」の周辺地区であることから

 

「ずだぬく」→「同田貫」である説が

有力であると考えられていました。

 

 

ところが・・・

 

 

 

 

「茂賀の浦(もがのうら)」の

研究をされている中原先生から

 

とんでもない話しを聞きました。

 

 

それは

 

 

先生が、

茂賀の浦(もがのうら)の研究で

 

このエリアに多い

「横穴古墳」を調べていた時に

 

資料:中原英 久留米地名研究会 古代湖「茂賀の浦」から狗奴国へ。より

 

 

どう考えても、この横穴古墳を

「木」で掘ることは難しく、

「鉄」でなければ不可能だと考えていた時に

 

鉄の研究を通じて

世界の同じ「横穴古墳」を調べたところ、

 

 

ポリネシアに「横穴古墳」があることを知り、

さらに研究した時に

 

 

なんと・・・

 

ポリネシア語で

 

「トウ・タヌク」、TOU-TANUKU、

 

 

という言葉が

 

「鍛冶工房が

一心不乱に・鉄を火にかけて熱する」

(「タヌク」の語尾のU音が

I音に変化して「タヌキ」となった)

 

資料参照:井上政行ホームページ

「ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源」

雑楽篇(その2)

 

 

という意味になることを知った

と話されました。

 

もう・・・

 

びっくりですね。

 

ちなみに

ポリネシア語で

 

長船(おさふね)は、

 

「オタ・フネイネイ」、OTA-HUNEINEI、

「若さにまかせて・めったやたらに

(鋼を叩いて鍛える。鍛冶工房)」

と意味が通じるとか・・・

 

資料参照:井上政行ホームページ

「ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源」

雑楽篇(その2)

 

 

 

同田貫を訪ねて(その1)で

ご紹介した地元の老婆が

 

「ずだぬく」と、このエリアのことを

話していた言葉と「ポリネシア語」の

「トウ・タヌク」

が同じで変驚きました。

しかも、意味が

「鍛冶工房が一心不乱に・

鉄を火にかけて熱する」って

不思議な一致です。

 

 

さらに

中原先生は

 

「茂賀の浦(もがのうら)」を研究する上で

 

殯(もがり)という

 

日本の古代に行われていた

葬式儀礼で、死者を本葬するまでの

3週間〜3ヶ月間横穴に遺体を仮安置し、

 

死者の最終的な「死」を見届け、

骨を洗って納骨する儀式の

殯(もがり)を研究した時に

 

「茂賀の浦(もがのうら)」湖岸に

横穴古墳が多いのは、

最終的に棺を安置する時、

洗骨するために

水が必要だからであろうと研究され、

 

殯(もがり)の風習を持つのは

海洋民俗であるので、湖の周辺に安置し、

死者の霊を慰めたと考えたそうで、

 

ここにも製鉄と縁の深い

海洋民俗がでてきて驚きました。

 

 

加藤清正の時代の日本刀

「同田貫」から古代、

気が付けば

海外まで飛躍しましたが

これも歴史のロマン。

 

 

わからないから

面白いんですね。

 

 

少し、長くなりましたが

今回は

このへんで終わります。

 

関係者の皆様に心より感謝いたします。

 

同田貫(その1)はこちらから

 

 

 

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