金剛兵衛・源盛高を訪ねて(その2)
真言密教「大日如来」の
「理性」の面を「胎蔵界」
そして
「知恵」の面を
「金剛界」と言う。
福岡にある2つの山
「英彦山」と「宝満山」は、古来より修験者の聖地。
英彦山の「胎蔵界」に対して
宝満山は「金剛界」とされてきました。
そして
この両方ともに「刀鍛冶」が存在しました。
まず「英彦山」には「良西」。
修験僧として修行し、文暦頃に筑前博多の
「光明山 善導寺」の門徒となって行き、
鎮西聖光房弁長上人(善導寺開祖)より
「西」の字を得て「良西」と称した僧鍛冶です。
「西」の字は日本より西の方角にある「インド」を指し、
極楽浄土の思想の本源に近いことを指すとのこと。
そして「良西」を祖とする一派が
「左文字」です。
国宝
「江雪左文字」など
信長、秀吉、家康にも愛された「左文字」。
その左文字の祖と言われる「良西」。
その「良西」の娘聟(むこ)となったのが
金剛兵衛の祖と言われる
初代「盛高」です。
「金剛兵衛・源盛高」は「宝満山」の刀鍛冶でした。
系図には2つの説があります。
【通説の系図】
【古刀銘尽大全の系図】
僧と刀?と思われる人もいるかもしれませんね。
でも、昔は「僧」も武装していました。
「日本刀」に限らず、製鉄は古来より神聖なもの。
僧のように修行している人達だからこそ
歴史に残るような「日本刀」が作れたのかもしれません。
また「製鉄」は武器だけでなく生活も豊かにしました。
例えば
木で掘って農作業するのと、鉄のクワで農作業するのでは
土を掘る深さや早さが全然違う。
結果的に
農作業が「進化」し食料がとれるので
人口も増えていき、日本は豊かになっていきました。
このように「製鉄の技術」が
古来の日本の進化に大きく関係しました。
鉄が人々を豊かにしていったとも言えます。
だから「刀」や「製鉄」と神社や仏閣は
古くから繋がりがあったのかもしれません。
ちなみに
真言集の開祖「空海」が訪ねたところには
「鉱物資源」と縁のある場所があり、
「たたら技術者」の歴史も存在します。
余談ですが、
不老長寿の妙薬原料である
丹「水銀」を探していたとも言われています。
ちなみに「水銀」の丹色(にいろ)は「朱色」と呼ばれ
神社仏閣などに使われる美しい「あか」に使われます。
防腐効果もあり、
不老長寿の薬に使われたとの説もあり神秘的です。
高野山に深くかかわりのある神の名も
「丹生都比売大神(にうつひめのおおかみ)」。
「丹」と関わりのある名前。
謎に包まれていますが、興味深いエピソードです。
さて、
天台宗や神社とも縁のある刀鍛冶
「金剛兵衛盛高」。
中心(なかご)を「卒塔婆」にデザインするのも
仏教との関わりがあります。
深く学べば学ぶほど
「日本刀」に込められた「日本人の魂」を感じ、
この文化を大切にしたいと思います。
さて
次回は、金剛兵衛盛高が住んでいたと言われる
「宝満山」を旅します。
どうぞお楽しみに
資料:文化遺産オンライン
日本刀の研究と鑑定(古刀編)常石英明著
大日如来、福岡市博物館蔵 脇差し
武士道美術館
wkipedia
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こんばんわ 私も先日、竃神社の金剛兵衛の石碑を訪ねてまいりました。夢想権之助は
宮本武蔵より強かったとの伝説もありますよね。