英彦山神宮 御神幸祭(平成28年)

 

 

このたび

英彦山神輿会

の皆様のおかげで

 

福岡県・田川郡・添田町の

英彦山神宮

御神幸祭ポスター(平成28 年)を

制作させていただきました。

 

心より感謝いたします。

 

 

さて、

この御神幸祭についてですが

 

 

修験道(しゅげんどう)の時代に

山伏(やまぶし)達は

 

旧暦2月14日、15日に柱松を

講堂の庭に立て、

 

国の安全や、人々の息災、

五穀豊穣(ほうじょう)を祈る

新年祭を行いました。

 

彦山松会(ひこさんまつえ)といって、

近郷近在に知れ渡った祭りでした。

 

 

 

 

その行事の一つに

神幸行列があり、

 

三体の神輿(みこし)を

山伏に担がれ

勇壮に出御しました。

 

その祭りが

今は英彦山神宮 御神幸祭として

 

毎年4月の第2土曜日、日曜日に

行われています。

 

 

私達は、以前から

日本刀の勉強をする中で

 

英彦山神宮を知り、

資料をもとに研究しておりましたが

 

先日、御神幸祭の皆様から

直接、様々なことを教えていただき

あらためて

英彦山の歴史の深さを知りました。

 

英彦山は本当に

素晴らしいところですね。

 

 

 

そして

この場所で

多くの修験者が生活していた・・

 

以前もご紹介しましたが

英彦山には「良西」という刀鍛冶が

いたと言われており、

修験者として修行し、

 

文暦頃(1234)年に

筑前博多の光明山善導寺の門徒となって、

 

鎮西聖光房弁長上人(善導寺開祖)より

西の字を得て、「良西」と称したと言われ、

 

この人が「左文字」の祖とも

言われております。

 

刀剣乱舞ファンの皆様には

「江雪左文字」で有名ですね。

 

 

 

日本刀と同じく

英彦山の文化は

大切な伝統であり、

 

あらためて

次の世代に受け継がなければならないと

思いました。

 

地方都市が抱える問題は多数あります。

この問題は、ここ添田町も同じく

人口減少などで伝統を受け継ぐ

担い手が不足しています。

 

「地方創生」と言いますが、

何百年も続く伝統の祭が

今、消えようとしているのも事実。

 

新しいことを

始めることも大切ですが

地元に何百年も続く文化を

「生かして」こそ「地方創生」だと

実感しました。

 

今回は、英彦山の皆様が

伝統を大切に受け継いでいることを知り、

 

大変嬉しく思いましたし、同時に

多くの皆様に知っていただきたい

と思いました。

 

そして、

子供達が積極的に歴史を学ぶ姿も

拝見し、英彦山の未来は明るいと

思いました。

 

あらためて

この素晴らしい

ご縁をいただきました

御神幸祭・関係者の皆様に

深甚の謝辞を奉りますとともに

 

英彦山神宮の伝統文化を

次の世代に受け継ぐ全ての皆様に

心より御礼を申し上げる次第でございます。

 

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